++ NHK受信料制度等専門調査会報告書 2011.7.11  ++


2011.7.13初版

NHK受信料制度等専門調査会報告書 2011.7.11

※※ この報告書が狙ってるのは、テレビを持ってない人、すなわちパソコンなどしか持ってない人からも、受信料を取ろうとしていること。<-- この点は見過ごせないので要注意。

で、早速アンケート。「PC視聴からもNHK受信料徴収」賛成?反対?
3091票  反対92.7%


報告書から一部、テキスト化。特に注視しなければならない箇所は赤い文字にした。


はじめに


本専門調査会は、平成 22年9月、NHK会長による諮問を受けた。諮問内容は次の通りである。

「フルデジタル時代における受信料制度及びその運用のあり方について」

(1)フルデジタル時代における受信料と受信契約に関する当面の諸課題について
(2)中期的な視野で、財源制度にも留意した公共放送のあり方について
(3)NHKに求められる会計制度等について

本専門調査会はこれを受け、公共放送の機能の持続的発展を前提に、専門的知見に基づく検討を行った。ここで「公共放送の機能の持続的発展」とは、公共放送それ自体の「機能」がもたらす、視聴者・国民への効用の持続可能性を指すものであって、公共放送「事業体」としてのNHKの維持・存続はあくまでその手段にすぎないということは、ここで改めて断るまでもないであろう。
本専門調査会の審議事項は、様々な考慮を要するテーマであるため、審議対象に幅広い観点を含めるとともに、その内容の客観性・中立性をより高めることを目的として、各種調査を独自に実施したほか、国内・海外の弁護士事務所に委託した調査の成果等を、適宜活用した。
言うまでもなく、受信料制度をはじめとする公共放送のあり方を最終的に決める権利と責任を有するのは、視聴者・国民である。今後の社会においてどのような役割・機能を公共放送に期待し、その事業体のあり方をどのように整備するのか、こうした問題を議論しその結論を実現していく上で、正しい認識と分析に基づいた国民的な合意の形成は不可欠である。委員各自の専門的立場から検討を加えた成果である本報告書が、公共放送の果たすべき役割・機能についての議論を深め、新しい時代にふさわしいNHKのあり方の実現に資することを願っている。
最後に、本専門調査会は、審議の過程で東日本大震災を経験した。未曾有の被害とそこにおけるメディアの役割は、各委員の認識を大きく深めるものであった。この震災からの復旧・復興は、 「再生」 「新生」につながるものでなくてはならない。本専門調査会の検討成果もまた、その一助となりうるものと信じている。

第1部 メディア環境の変化と公共放送NHK
1 複数プラットフォーム、複数端末競合時代

日本における「放送」は、大正時代のラジオから始まり、テレビを経て現在に至るまで、様々な技術革新の歴史を遂げてきた。放送事業者は、そのコンテンツの制作から無線通信による送信に至るまで一貫して自らの業務として行うものと想定されており(いわゆるハード・ソフト一致) 、現実にも、そうした業務の遂行を通じて、放送の最大限の普及とその効用の実現が達成されてきた。公共放送NHKもまた、 「公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組」による放送の実現に努めてきた。
しかし、衛星放送等による多チャンネル化、ケーブルテレビの発展による有線放送の普及に加え、地上デジタル放送は、携帯端末等での移動受信をも可能とした。また、大容量のデータを高速で送ることのできるインターネットの普及により、 「伝統的な放送」 (ここでは、旧放送法2条が定めていた「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」を指す)類似のサービス実施が可能になる等、メディア環境は大きく変わりつつある。

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こうしたメディア環境の変化と符合する形で、視聴者・国民のメディア利用も大きく変化している。若年層を中心とする幅広い世代において、インターネットの利用率が増加している。インターネットは、情報源として主たる位置づけを得る等、 「伝統的な放送」を補完するのみならず、代替する機能をも果たしつつあると言える。

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3 総括原価方式について
(1)基本的な考え方

NHKの受信料額は、収支予算の国会による承認をもって定められることとなっている (放送法 70 条4項) 。NHKのような公的な事業体における負担の考え方としては、総括原価方式と呼ばれる、事業運営に必要な総収入が総経費に見合うように設計する方式が一般的である。NHKにおいてもこの考え方に則り4、3〜5年程度の期間で、必要となる資本支出を含めた支出全体に対し、繰越金を含めた収入全体を一致させ、そのうえで各負担者の具体的金額を算出しており、この方式は妥当と考えられる。
一般に、該当期間の費用・税・事業報酬額で考えるのが総括原価方式であるが、収益事業を行わないNHKについても、その妥当性は確認されている5。

(2)検討の方向性

上記のように、現行の受信料額決定方式に大きな問題は見られない。しかし、メディア環境の変化、東日本大震災を受けた社会的要請の変化等に鑑みるならば、いわば将来に向けての視聴者・国民に対する還元につながる、事業の維持継続等の観点からの支出(緊急報道を確保する設備投資、散逸が想定されるアーカイブ資産の取得等)については、原価算定に当たって、合理的かつ明確な基準のもと、適切な決定プロセスで決定される目的積立金等の形で組み入れられることが考えられてもよいと思われる。


4「NHK受信料調査会」 (昭和 36年)で確認され、以後、この方式で説明されている。
5営利を目的としないNHKにおける、 事業報酬率に相当する数値の水準が妥当であることは、後述の経理制度検討委員会において確認されている。

ただし、上記のような支出が無制限に行われるならば、必要額以上の負担を視聴者・国民に強いたり、説明責任の面でも問題を生じたりするおそれがある。欧州連合(EU)では、競争政策上の観点も含めて検討を行い、こうした支出は目的積立金等の形で計上すべきであると定め、純然たる繰越金については、緊急時の手元資金等も考慮し、支出の 10%程度の水準を考えるべきとのガイドラインを定めている。同地における予備費規模としては妥当なものであり、日本においても、同様な考え方で水準を検討し得るものと考えられる。
他方、総括原価方式は、一般に当該事業体の効率性向上へのインセンティブを弱めることが指摘されている。こうした問題点については、公権力からの強制という形ではなく、NHK自身の情報公開の徹底、管理会計の推進等によって担保すべきであると考えられる。
効率性向上の仕組みをNHKの経営にビルトインすることは、総括原価制度を背後から支えるものであり、重要である。
また、将来の検討課題としては、受信料額算定に当たっては、その時々の情勢に影響されて決まることのないよう、一定の手続ないし、決定当事者等から一定程度独立した第三者機関の審議を経て決定される仕組みを検討しても良いのではないか、との指摘もある。

(3)当面具体的に求められる事項

公益事業における応益負担の原則からすれば、総括原価方式による受信料額決定は、必要な事業についての負担を視聴者に求めるという点では、一定の説得力を持つ。ただしそれは、既に指摘したように、NHK自身の不断の効率化の努力があってのこととなる。情報開示の高度化は、英国公共放送BBCほか海外を含めて進んでおり、過剰な開示コストにつながらないこと(開示のための開示にならないこと)等に配意しつつ、着実に進められることが望まれる。
これはまた、法制度的には「特殊な負担金」とされつつも、視聴者・国民にとって個別受益を想定されやすい受信料制度について、受容度(acceptance)を高めることにもつながるであろう。

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4 会計制度について
「会計制度」に関する論点は、本来、非常に多岐にわたるが、ここでは諮問内容を踏まえ、受信料制度・NHKの運営に密接に関わる観点から、会計基準等の遵守のあり方、そしてそれに則った開示に絞って議論を行った。

(1)基本的な考え方
NHKにおける会計制度については、これまで、内部機関である経理制度検討委員会を機能させ、 過不足なく社会の会計制度の発展動向に対応してきており、 その内容において、特段の問題はないものと考えられる。
法定機関である経営委員会による監督や理事会による重要事項の審議等の前に経理制度検討委員会での検討を置き、 実質的に機能させ、 適宜経理規程等を改正していく仕組みは、内実を伴ったものであり、妥当である。

目まぐるしく基準が改定される企業会計の世界にあって、的確にその流れに対応しつつ、かつ、NHKの編集の独立を裏面から支える財政の独立を担保しており、行政による基準確立よりも適切な対応となっている。

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よって、経理規程等が既に開示されているが、NHKの説明責任の向上という観点からは、この機能を十全たらしめることができる範囲内で、透明性を向上させ、仕組みそのものの周知・理解を図っていくことが望ましいと考えられる。
また、情報開示については、上記のような仕組みに基づいて実施されており、財務諸表に関わる開示については、特段の問題はないものと考えられる。ただし、機関投資家等ではなく、視聴者・国民に支えられるというNHKの特性を踏まえるならば、とくに財務諸表外の発信について、効果的なガバナンスを妨げない、過剰なコストをかけない等の限界を踏まえつつ、充実させることが望ましいと考えられる。

(2)当面具体的に求められる事項

前項での指摘と同一の方向性を求めることになるが、視聴者・国民が負担した受信料がどのように使われているのか、どのような効果をあげたのかについて、わかりやすい情報開示を行うことが望ましいと考えられる。機関投資家等の複雑かつ大量の経営情報を専門的に読み解く能力のあるプロ向けではなく、公共放送を支える視聴者一人ひとりが納得・実感がある手法の研究が求められている。

5 業務の適正な規律について

この論点は、第4部で扱う、将来の業務に関する論点についての議論と密接に結びつくものであるが、ここでは、NHKに関する一般的な観点から検討を行う。

(1)基本的な考え方

NHKの業務は、受信料という公的負担金に支えられていること等に鑑み、テレビジョン放送による国内基幹放送を行うこと等に限定して規定されており(放送法 20 条) 、同法の定める業務以外への支出を制限する旨の規定も置かれている(同 73 条) 。放送法はこのように業務範囲を厳格に定めたうえで、任意業務等においては、総務大臣の認可を受けるべきこと等を定めている(同 20条等) 。
これらの大臣認可等に関する現行の仕組み及びその運用は、行政等の裁量を抑え、NHKの自主性を尊重するという観点から見れば、これまでのところ妥当なものであった。ただし、このような仕組みは、放送技術等のメディア環境が安定している局面では適切だとしても、インターネットの急速な普及等、メディア環境が大きく変動し、伝送路のみではNHKの業務を規律し切れないという状況が生じる場合には、NHK・行政双方にとって困難を生じさせる懸念がある。

全般的に見て、 NHKに対する行政のコントロールは、 法の文言上は強いものではない。
ただし、NHKが言論・報道機関であること、伝送路をまたぐ領域への対応が必要となっていること、言論・報道に対する萎縮効果を避けるべきこと等は、何よりも留意されなくてはならない。

(2)今後の方向性

上記のように考えるならば、他の事業法の例に倣い、大臣の認可事項等については、電波監理審議会への諮問のほかに、受信者保護、公正競争等、認可に際して事前に考慮すべき事項を明記し、認可義務を課す等の形式の方が望ましいとも考えられる。
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ただしこうした形式の転換は、NHKの恣意的な業務拡大を許すものであってはならず、NHK自身の行為規律が必要となる。本専門調査会はBBCトラストの規律を参考に議論を深めたが、NHK側において、たとえば経営委員会での決定に至る過程において、パブリックコメントの実施、ステークホルダーからの意見聴取を含む市場調査の前置、決定基準の明示等、いわば“外とのドア”を持つことにより、決定のプロセスおよび内容の正当性を担保するとともに、視聴者・国民の納得を得られるよう、説明責任を果たすことが欠かせないと考えられる。
こうした手続を義務付けることを条件に、NHKの業務範囲を変更する際の大臣認可の審査項目の限定等、行政の裁量の縮減も考えられるのではないかと思われる。この点、NHKにおける経営委員会は、その選任プロセスも権限も、BBCトラストに比肩しうるものであり、内部の監督・経営意思決定機関として的確に機能することが望まれており、上記のような役割を担うこともまた、可能であると考えられる。
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第4部 中期的な課題の検討(中期的な視野で、財源制度にも留意した公共放送のあり方について)

本専門調査会では、メディア環境の変化や財源制度にも留意してNHKの中期的な課題を精査した結果、論点を2つに絞ることとした。即ち、現行受信料制度のなかで付加料金制度をとる衛星放送のあり方、そしてメディア環境の変化の最大の要因でもある、インターネットについてどのように考えるか、の2つである。

1 衛星放送について
(1)基本的な考え方

衛星放送については、第1部・第2部の検討を踏まえるならば、ケーブルテレビ等で地上放送と並列して提供され、各家庭に送信されている割合が高いという現状から見ても、また、近時の総務省告示「放送普及基本計画」の改正により、媒体そのものの普及・難視聴解消という役割が除外されたことから考えても、伝送路中立的な方向での検討が妥当であると考えられる。
多チャンネル化の進展から考えても、海外の状況に照らしても、また日本における放送の二元体制が、機能分離論ではなく、財源を別とした、いわば質の競争を期待して設計されたと考えられることから見ても、現在規模のチャンネル数をもって、公共放送の役割・機能を果たそうとすることは、合理的でないとは言えない。また、情報源の多元性が情報の多様性に必ずしも直結しないといわれるところ、NHKが十分な数のチャンネルを保有することでコンテンツの多様性を確保し、視聴者・国民の知る権利に奉仕するという積極的意義も見いだせよう。
この前提からすると、
@NHKの提供する基幹放送サービス全体を一体のものとして捉える
A逆に何らかの質的分離によって基幹放送サービスの範囲を区分する
といういずれかの方向性が考えられる。しかし、Aにおいては、個々のチャンネルの性格が行政によって規定されることとなるため、具体的な分離の基準をめぐり萎縮効果が生ずる懸念を払拭することが難しいという問題点がある。その一方で、現行のように地上契約か衛星契約かという選択肢を視聴者に残すことが、公平負担を旨とする受信料制度から生ずる所得逆進性を緩和することを通じて、視聴者全体の受益感を高めるのではないか、という指摘もある。
衛星放送サービスの負担のあり方については、これまで、 「地上放送受信者の負担によることなく、衛星受信という受益を考慮して、衛星受信者にその負担を求めることが最も視聴者の納得を得られる方策である」との判断のもと、既に検討した総括原価方式を踏まえつつ、個別原価方式で算定されることが確認されている。そしてその水準については、一定期間の事業支出の毎に見直すことが必要とされている6。
NHKは設定当初、平成元年度から6年間を見通し、この期間の衛星放送のために直接必要とする付加経費を原価とし、期間中ののべ衛星契約数で除し、付加料金の月額を算出した。それ以後も、同様の方式を引きついで現在に至っている。
この算出方式については、当該受信料額を含む予算提出時に、 「衛星料金を含む受信料の設定等の受信料体系の変更は、衛星放送に要する経費の負担の在り方等の観点から妥当である」との大臣意見が付されており、以後、NHK自身においても、その考え方を踏襲している。
以上の検討を踏まえると、基幹放送サービス内部で一定の物理的な区分が可能であるという状況も続いていることからすれば、付加受信料制度そのものは、現時点においては妥当であると言える。


(2)今後の方向性

ただし、第1部・第2部の検討を踏まえた上で、仮に長期的な視点に立って公共放送のあり方を構想することが許されるならば、地上・衛星といった区分を考えることなく、公共放送のサービスを全体として捉える@の方向性の方が、望ましいものと思われる。公共放送の提供するサービスについて、何らかの質的区分を行うことは現実には困難であり、多プラットフォーム時代にはそぐわないものとなるからである。
他方、現実に衛星放送の普及・視聴が地上放送のそれとは差があるという現時点での状況から出発するならば、視聴者に契約形態の選択肢を残すことによって全体厚生が向上することもまた否定しがたい事実である。
この点については、結局のところ、情報化社会全体の方向性を踏まえ、今後の衛星放送普及の推移とともに、NHKが公共放送としてなすべき業務範囲をどのように考えるかがポイントであり、その方向性に沿って、衛星放送のあり方についても考えていくこととなろう。
本専門調査会に諮問された中期的な視野での具体的方向性としては、衛星放送の一層の普及に努めるとともに、総務省の「NHKの衛星放送の保有チャンネル数の在り方に関する研究会」最終報告書(平成20年6月3日)で既に指摘されているように、付加受信料制度を維持しつつも、最終的に総合的な受信料へと収斂するよう、NHK全体の事業規模を見ながら調整していくことが、ひとつの有力な選択肢となる(@の方向性) 。
他方、地上・衛星の間に相対的な区分を置き、衛星放送を有料放送に近い形で保持していくという選択肢もある(Aの方向性) 。
前者は、次節でも検討するとおり、今後のメディア環境を踏まえて伝送路中立的な位置

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6総務省「NHKの衛星放送の保有チャンネル数の在り方に関する研究会」最終報告書(平成 20年6月3日)等で確認。

づけを追求する一方、後者は、場合によっては、公共放送の業務の中でいわば「コア的公共性」と「準公共性」を区分することで、有料放送との差異がなくなる可能性のある方向性を選ぶことになる。その際には、既存の有料放送事業者との公正な競争環境を整備するという施策も視野に入ってくるものと思われる。
どちら寄りの未来を選択するかによって、受信料額決定方式の考え方も異なるものであり、「フルデジタル時代」に求められる公共放送の役割・機能に立ち戻って、適切な判断が求められよう7 。

2 NHKとインターネット(新たな伝送路として、新たなサービス領域として)
(1)検討の方向性

第1部、第2部で検討してきたように、今後のメディア環境の変化を重く受け止め、また放送法が「放送」の定義を改めたことも踏まえれば、公共放送の機能の十全な発揮、知る権利及び表現の自由の確保、現在の社会の要請等から見て、これまでの「伝統的な放送」にとらわれない、伝送路から独立した規律の検討が必要であると考えられる。
「新しいメディア環境への対応」については、近時、NHK収支予算審議時にも附帯決議等で触れられているところであるが、第2部の3において参照した海外事例と同様、 「目的・使命」「サービス範囲」「受信料制度」については、同時に関連づけて検討を行わなくてはならない。そうでなければ、例えば、サービス範囲は拡大されるものの財源の裏打ちがなく、内部補助・フリーライドを前提とせざるを得なくなる等の問題を生じ、持続可能性のある選択肢とはならないからである。
ただし、この議論においては、NHKが果たすべき役割・機能、業務範囲、負担のあり方、経営形態、市場との関係、持続可能性、視聴者・国民の全体的な受容度(acceptance)等の複合的な検討が必須であり、具体的施策が一義的に演繹できるようなものではない。
加えて、環境変化のひとつとして、平成23年6月に完全施行となった平成22年の放送法改正がある。同改正は、通信・放送分野におけるデジタル化の進展に対応した制度の整理・合理化を図るため、各種の放送形態に対する制度を統合し、無線局の免許及び放送業務の認定の制度を弾力化する等、放送、電波及び電気通信事業に係る制度の整備を行う、とした。その結果、 「放送」の定義が「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」から「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信」 (放送法2条1号)に改められている。

そこで本専門調査会は、まずは「伝送路中立的な公共放送のあり方」を理念モデルとして、ひとまずその具体的帰結を徹底して検討し尽くすことが重要である、と考えた。現実の制度のあり方は、最終的には現行の法制度との接続、人々の受容度や政治判断、文化土壌等があって決定されていくものであることは言うまでもないが、そうした現実との妥協

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7 無論、 原価算定を必要に応じて適正に見直すことは、 この選択とは関わりなくあり得よう。

を出発点に選んでは、あるべき公共放送像が歪むからである。ただし、規範論にとどまる議論もメディア法制においては空虚であり、理念モデルについての議論を深めたうえで、翻って現実の環境の中で取り得る政策の選択肢の例示・検討も行うという形で、論を進めていく。

(2)NHKが果たすべき役割・機能、サービス範囲の考え方

「フルデジタル時代」のメディア環境・視聴者環境の下、公共放送NHKのサービス範囲を検討するには、公共放送の役割・機能に遡って議論を行う必要がある。
本専門調査会の調査で把握された「議題設定機能」「信頼」等の要素、「健康で文化的な生活」の維持向上、多様化・高度化する現在の社会の要請を考えるならば、「安全・安心」や「報道・福祉」等に限定した公共放送像は、社会全体が望むところではないのではないかと想定される。 そしてその実現に際しては、具体的にはインターネットに代表される、 「伝統的な放送」外の伝送路の利用が不可避となる。
これにより、多様な移動体端末にも対応することで、公共放送サービスの享受範囲を物理的にも拡大することができ、その意味では「あまねく」の補完・補強措置とも位置づけられる。しかし、公共放送によるインターネットの利用は、ただ情報提供ツールを増加させるだけではない。通信系端末のみの利用者を社会・共同体に接触・参画させることを通じて、伝統的に公共放送が果たしてきた「議題設定機能」「世論認知機能」等への寄与が、より進んだ形で可能となる。このように、一段進んだ「あまねく」は、熟議民主主義の基礎となる、多様な価値観への思いがけない接触や多くの人々の間の共有体験を保障し、かつ、今日的な「健康で文化的な生活」の要請にもかなうのではないかと思われる。
このように、現行放送法の軛からひとまず離れて考えるならば、伝送路、同時同報・非同時同報の区別なく、公共放送の機能の発揮に有用と考えられる業務をすべてNHKに認めるという法の仕組みが、一つの理念モデルとなる。仮にこのようなモデルを採用しそれを法制度に反映するとすれば、NHKの基本的使命を記述した上で伝送路中立的な業務規定を設ける等、現行放送法の大幅な改正または「NHK法」の制定が求められることになる。
他方、 「放送」の同時同報性は、 「伝統的な放送」はもちろん、先に述べた平成 22年改正後の「放送」概念においてもなお維持されているものと解されているが 8、この同時同報性により創出される「放送の公共性」を、変化し続けるメディア環境においても維持すべきだと考えるならば、現在のNHKの「基幹放送」が伝送路を問わず何らかの形で視聴者・

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8 ただし、いわゆる「IPマルチキャスト放送」と「インターネット放送」には差異があるとの政府答弁も行われているところであり、マルチキャスト・ユニキャストの技術的プロトコルの違いによって、 効用と関わりなく区分する問題点については、 留意すべきである。
公共放送の機能をあまねく享受させるべきとの立場からは、その目的に基づき、より簡明に定義する考え方も必要であろう。


国民の手もとに到達していることが必要であり、それで公共放送の役割・機能としては十分である、と考えることも可能であろう。インターネットの双方向性から、新たな「ネット的公共性」の萌芽も見出されているところではあるが、視聴者総体ではなく断片化した選好に個別的に対応する、あるいは、「あまねく」提供することが困難であるような双方向的サービスは、公共放送の役割・機能に結びつけることが困難であり、受信料を財源として実施すべき業務といえるかどうかは、現状の技術水準及びメディア環境を前提とする限り、なお疑問の余地が大きいからである。
このように考える場合、NHKにいかなる権能を与え、義務を負わせるべきか。一方の極では、完全に伝送路中立的かつ同時同報・非同時同報を区別せず、しかも「伝統的な放送」と等しく受信料を財源として、サービスを供給する権能を認める(この場合は同時に義務でもある)ことが考えられる。この場合には、法技術的には業務規定の記述が困難であり、NHKの自由度が過大なものとなる。もう一方の極には、現在のNHKオンデマンドサービス同様に、「伝統的な放送」とは区分された業務として、インターネットでの情報配信を対価サービスとして認める規定を置くことが考えられるが、これは公共放送の役割・機能に同程度に寄与する効果を果たすサービスであるにもかかわらず、伝送路によって人為的な区分を作り出すものとなる。無論、この中間形態も可能であり、より受信料的な整理、より対価サービス的な整理といったことも可能であろう。これは、次節で検討する財源負担の問題とあわせ、検討することが必要となる。

図:NHKの義務的な業務は、どのような幅であるべきかfig41.gif

なお、この際には、現在がすでに多プラットフォーム時代であることへの配意が必要となる。すなわち、視聴者・国民までそのコンテンツが到達するか否かについて、NHKが確たる保証を行うことができる枠組みが必要であるということである9。

欧米においては、ケーブルテレビを対象に一定のコンテンツの義務的な再送信を規定する“マスト・キャリー”制度が浸透している。しかし、日本において第三者に義務を課すのは、競争法での対応も含め、相当ハードルが高い事項と考えられることから、公共放送の役割・機能の透徹のためには、NHK自身に実施についての何らかの権能を付与することを考えなくてはならない。
また、今後、光ファイバー等の急速な普及に伴い、無線が有線に比して必ずしもコスト効率の優位性を認められない場面も想定されることから、単純な経営効率性の面からも、これを認める妥当性が生まれるという考え方もあろう。

(3)財源負担の考え方

NHKが、公共放送の役割・機能の実現のために必要な業務を行うのであれば、当該業務に関する負担の公平性の観点だけではなく、当該業務が社会全体に「あまねく」向けられたものであり続けるためにも、業務と負担が対応関係にあることが重要である。このことは、例えば緊急時のインターネット上の情報配信ひとつ取ってみてもうなづけるところである。東日本大震災に際して確認されたような公共放送の機能が非常に重要であることは、論を俟たない。しかし、既に指摘したとおり、日常のメディア接触において、 「信頼」される情報源、あるいはそのような情報源としての認識があったからこそ、NHKの情報にアクセスがなされたのであって、緊急時限定のサービス提供だけでは、公共放送の機能を十全に果たすことができないことに留意する必要がある。しかし、社会全体として必要な公共放送の役割・機能に奉仕するサービスでありながら、緊急時のみの利用者がフリーライドするという仕組みでは、今後のメディア環境等の推移を想定すると、そもそも持続的な業務として維持することが不可能であり、何らかの措置が必要であることは、明白であろう。
さて、NHKがインターネット上で新たに実施するサービスが、公共放送の役割・機能から見て、 「準公共性」とでも整理できるような、幅広い公共性の周縁部を支えるものである場合には(前節で衛星放送についての方向性Aが採用された場合に相当する) 、受信料の一部による内部補助、付加受信料、有料対価等による対応が考えられよう。しかしながら、それが「コア的公共性」を代替するサービスである場合には、受信料的な負担を想定するのが相当である。仮にこのような「コア的公共性」について差を設けることは、同種のサービスを伝送路別に区分することになるからである。このほか、「コア的公共性」に関わるサービスの提供を受信料支払者に限定すること等の対応も考えられようが、それが「伝統

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9 これは、有線による再放送が行われる現在の衛星放送にも当てはまるものである。

的な放送」を代替する性質があることを踏まえると、伝送路別に公共性を区分することになるというだけでなく、負担とサービスの対応関係からは公平性に疑義があり、慎重な対応が必要となろう。
上記の整理に基づき、一つの例として、「基幹放送」の内容をインターネットにおいて同時同報送信することを考えるならば、その財源としては、総合的な受信料、放送外受信料、有料対価等が想定される。このうち、受信料的な財源を考えるならば、利用可能受信機の設置に着目する、何らかの利用開始を把握する等の契機により、新たな受信料体系に組み入れるということが考えられる。この際、伝送路にかかる費用構造が異なることから、「伝統的な放送」と異なる受信料額を設定するということも考えられる。ただし、視聴者・国民において、自ら視聴環境を選択できるとは限らないことから、いわゆるユニバーサルサービスの一環として、「伝統的な放送」と併せて全体として負担すべき、という考え方をとることも合理的である。
上記の検討に則り、かつ近い将来に利用者を把握する技術的障害やコスト的な問題が解消されると仮定するならば、既に伝統的なテレビ受信機の設置に対応して受信料を支払っている者(受信機普及率は99%とされる)には追加負担は発生せず、専ら通信端末によってNHKの「放送」を受信しうる者のみが、受信料の支払い対象者に加わるという結果となる。具体的にどのような形式となるかは、技術的なツールに依拠するものであるが、どのような把握・支払方式にせよ、こうした受信料としての位置づけがなされることが望ましいと考えられる。
他方、第3部の1(2)で検討したように、このような変更を考える場合には、受信契約に関する現行放送法の文言の限界に触れる可能性がある。現在、「放送の受信を目的としない受信設備」とは、「外形的、客観的にその設置目的が番組の視聴ではないと認められるもの」というものが政府見解であり、規定の仕方によっては、一定の法改正等が必要になるものと思われる。

(4)業務の適正な規律、権能保持の考え方

上記のような新規業務の開始等にあたっては、NHKの業務規定に直接書き入れるという法改正を行うことに加え、一定の範囲内で、ケース・バイ・ケースで大臣認可を求めることになる等の事態が想定される。
この際、伝送路中立的に公共放送の役割・機能を発揮するサービス内容が検討されることとなるならば、表現の内容に関わる判断が、行政の認可を伴うことになる。これは、言論・報道機関の規律としては、不要な介入及び萎縮効果を招くものであり、望ましいものとは言えない。第3部の5で検討したように、一定の範囲でNHKに裁量を残す必要がある場合には、NHK自身の行為規律を厳格化することで、政府・所管大臣によるコントロールとのバランスを図ることがいっそう重要になるものと考えられる10。

既に述べたように、法技術的には、例えば、限定性を明確にするために、あえて「基幹放送」の概念に関連づけてインターネット上の同時同報送信を中心に規定することもあり得よう。このような場合には、同時同報送信は「伝統的な放送」と同一の規律に服せしめた上で、その他の付加価値的サービスについては、別途上記のようなガバナンスの仕組みを想定することとなる。
また、 (2)で述べたとおり、権能保有についても、議論が必要となる。伝送路中立性の方向性を取る以上、保有することで、組織体に特定の伝送路を優遇するインセンティブが生じるようであれば、認めるべきではない。また、公共放送の役割・機能の十全な発揮という観点からは、プラットフォーム事業者に対する交渉力を獲得するという観点は欠かせないものとなる。レイヤー別に分離される方向の情報通信政策がとられる時代にあっては、最終的な視聴者・国民までコンテンツを到達させることは容易ではなく、かつ、その伝送委託コストに多額の受信料を投ずることは、公共放送の役割・機能から見て本義ではないからである。
なお、当該サービス定義・権能保有と公共放送の役割・機能の結びつきが密接であるほど、競争政策上の問題が生じる可能性は減ると言えるだろう11 。正当化理由がもたらされるか、競争そのものから除外されて考えられるかはさておき、競争秩序と整合的になると考えられるからである。

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10NHKオンデマンドに関する基準認可時には、総務省においても、BBCにおける「公共的価値のテスト」に言及しているところである。
11欧米の競争法においては、このような観点での判断基準・原則が存在する。

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(5)今後の方向性

以上の検討では、まずは理念モデルの貫徹とそれへの対応を想定したうえで、NHKのインターネット業務の実施のための現実解にとってヒントになると思われる観点について議論を深めた。法改正を含む検討にあたっては、情報通信分野全体の政策の方向性と歩調を合わせるのが筋道であると考えられる。
しかし、現状の法制度からどのように理念モデルへ到達するかを考えるならば、様々な経路があり得ると考えられる。その選択の際には、近い将来に技術的障害、コスト的な問題が解消されるであろうことを見据え、最終的な公共放送の理想モデルを念頭に置きつつ、インターネット等と向き合うべきである。経路を誤るならば、受信料制度の性格ひいてはNHKの性格に矛盾を生じさせるおそれすらある。戦術は戦略に従うのであって、追求すべき理念・理想の実現に向けて、手段を選択することが重要であろう。

おわりに


メディア法制の将来の検討とは、 「環境の変化に応じて自然に『なる』ものではなく、少なくとも部分的には、何があるべきメディア像かという我々の理念と構想に基づくものでなければならない」とされる。
本専門調査会では、現在のNHKの維持・存続ではなく、公共放送の役割・機能が今後とも社会全体に対して維持されることを望み、その前提に基づいて議論を行った。視聴者・国民が、社会における公共放送の存在理由をいま一度認識し、議論を行い、将来に向けてよりよい選択を行うことに、本専門調査会の検討が貢献することを願ってやまない。

なお、本専門調査会の議論は、NHKのみを対象として実施した。しかし、実施した調査等からは、民間放送、新聞社等の伝統的なメディアの各種機能がもたらす効用も確認されている。従来の「伝統的な放送」を前提とした二元体制ではないが、競争的共存の関係の未来も描けるのであって、NHKのみを取り上げ、その地位のみを盤石化させる将来像を支持したものではないことをここに付記しておく。 英国、 米国等の例を見るまでもなく、伝統的なメディアが担ってきた機能提供は、社会全体そして熟議民主主義にとって必要であり、それを欠いたメディア像が望ましくないのは、「フルデジタル時代」になっても変わらないと考えられる。


別紙1

NHK受信料制度等専門調査会
委員名簿

(敬称略、五十音順)

荒井 耕     一橋大学大学院商学研究科准教授 (管理会計)
◎ 安藤 英義  専修大学商学部教授 (企業会計)
大久保 直樹  学習院大学法学部教授 (経済法)
斎藤 誠     東京大学大学院法学政治学研究科教授 (行政法)
宍戸 常寿    東京大学大学院法学政治学研究科准教授 (憲法)
安野 智子    中央大学文学部教授 (社会心理学)
○ 山内 弘驕@ 一橋大学大学院商学研究科教授 (ネットワーク経済学)
山野目 章夫  早稲田大学大学院法務研究科教授 (民法)

               ◎座長、○座長職務代行




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